生涯をかけて取り組む「なにか」

皆さんは、「この目標に向かって、人生を賭けてやっていくんだ」だとか、「この道を極めよう」と思えるものを持っているでしょうか。

全くそんなものは探していない、という人もいれば、ずっと探している方も、すでに対象を見つけて、一直線に進んでいる方もいるでしょう。

そういうものは無くても、きっと幸せに暮らすことはできるし、必ずしも必要なものではないと思います。

 

しかし、私は小さい頃から一つ心に決めた「なにか」を持って、死ぬまでに何かことを成し遂げたい、と思ってきました。抽象的ですが、ある種夢のようなものかもしれません。「なにか」は死ぬまでに見つかるものかはわかりませんし、そもそもあるのかすらわかりません。

 

それでも探さなければ見つかることはありません。私はその「なにか」を見つけるために、何かに興味が湧けば、やってみるようにしていて、自分なりに常にアンテナは張ってきたつもりです。でも多くの人がそうであるようになかなか見つけることはできません。

決め手になるようなものは見つからず、学生時代は過ぎ、就職をしましたが、今の仕事がその対象だとは感じられていません。

これからどうしていこうか、仕事をしながらもそう考え続けていましたが、環境は変わるものです。

結婚してから約2年。どうやら順調に行けば、来年には親になることになりそうです。

これは大変な変化になります。色々と準備を始めなければ行けませんし、計画を立てていかなければなりません。

 

改めて将来を見つめて、漠然とですが、一つ目標が見えてきたように思います。それは

「家族で幸せに暮らすこと」

これまた抽象的な目標ですね。

でも大目標は抽象的でもいいと思うんです。問題はその目標をどうやって実現していくか。

具体的な方法については、今後ずっと考えて、そして話し合っていくことになると思います。現時点では、家族の一人一人が、ある程度自分が望む生き方ができる環境を創ること、を目標に頑張っていくことになると思います。

 

そして、「家族」には自分も含まれます。

メンバーである自分がやりたいことを出来ていないと、チームの目標は達成できません。

今の仕事を続けていて望む生き方ができるのか?

何をすれば幸せになれるのか?

結局自分の生き方は考えていかなければならないのですが、人生を賭ける「なにか」はどうやら見つかったようです。

仕事をどうするか、というのは難しい選択ですが、可能性を狭めずに、覚悟を決めて頑張っていこうと思います。

 

以上、自分の状況を書いてみましたが、皆さんの中にも、「なにか」を探している方がいたら、見つかることをお祈りしています。

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